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桂田精一の経歴文春により判明「服装だけ不良」妻(家族)とも離婚!客に逆ギレする社長

週刊文春
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「知床遊覧船」が遭難した事故で、週刊文春により桂田精一社長の経歴や家族について判明しました。さらに、しれとこ村の温泉宿に泊まった客に対して桂田精一社長は逆ギレしていたことも分かりました。

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桂田精一社長の経歴文春により判明「服装だけ不良」

週刊文春」により、桂田精一社長の経歴が判明しました。

出典:週刊文春
  • 小学校→地元の小学校を卒業
  • 中学校→地元の中学校を卒業
  • 高校→1979年 父親(桂田鉄三氏)と同じ北海道網走南ヶ丘高校に入学
  • 高校卒業後→茨城県工業技術センターで陶芸の技術を学ぶ
  • その後→都内に移り住み、大手企業から支援を受けて芸術活動に邁進
  • 2005年→知床に戻る
  • 41歳の頃→母が代表取締役に就いていた有限会社しれとこ村の取締役に就任
  • 2015年4月→代表取締役社長となる
  • 2017年5月→約4000万円で知床遊覧船の経営権を買い取る
  • 2018年6月→斜里町の世界自然遺産地域に「ホテル地の涯」をリブランドオープン
  • 2020年頃→銀行からお金が借りられなくなる
  • 2021年3月→ベテラン船長2人、駐車場係、営業担当など長年会社を支えてきた5人が去る
  • 2022年4月→日給8000円で船長募集
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桂田精一社長の高校時代の様子について「彼は学内でも珍しい下宿生で、教室の後ろでよく寝ていましたね。応援団のメンバーとして野球部の試合で応援歌を歌ったり。でも、積極的にみんなの前で何かをやるタイプではなく、服装だけ不良っぽくする”ファッション不良”でした」と、高校の同級生は話しています。

桂田精一社長は、中身というより外見を気にするタイプなのでしょう。会社のイメージばかりを気にして、客からの評判は良かったのかもしれません。実際に、知床遊覧船のGoogle口コミは非常に高評価です。

世界遺産知床。入れないからこそ外から見る景色は想像を絶しました!
知床遊覧船さんは熊がいたら岸に寄せてくれたり、帰りイルカがいたら近寄ったり、距離保ちながらついていたりと、アグレッシブに動いていただき、楽しめました!
小型船がなせる技なんでしょうか?
しっかり楽しめました

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しかし会社の中身を見てみると、桂田精一社長は利益のことばかり考えており、経費削減のためにベテラン船長を一斉に解雇したり、従業員の待遇も悪化していきました。さらに「船体の腐食を防ぐために貼り付けてある亜鉛板が、一昨年から替えられていないと聞いた。基本的にはシーズンごとに替えるもの。さらにプロペラは電蝕(電気による金属の腐食)して穴が開きかけていた」と、元船長は話しています。

桂田精一社長は、学生時代から中身ではなく見た目ばかり気にしていたのです。そんな桂田精一社長は元々陶芸家だったのですが、桂田精一社長の陶芸の実力は有名百貨店で個展を開いたことがあるほどでした。

そんな実力のあった桂田精一社長が「しれとこ村」の社長となったわけですが、桂田精一社長にとって旅館業は自慢の家業だったのです。いつかは父親のように経営者になりたいと思っていたのでしょう。

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桂田精一社長、妻(家族)と離婚!

桂田精一社長が「しれとこ村」の社長になったのは、都内から故郷である知床に戻ってからです。桂田精一社長が知床に戻る前、桂田精一社長には妻がいました。結婚をし、離婚を経て知床に戻ったのです。

そして、先程もふれたように桂田精一社長には父親と母親がいます。桂田精一社長の父親は桂田鉄三氏で、「しれとこ村グループ」のオーナーです。桂田鉄三氏は、1996年9月に「しれとこ村」の運営会社を設立。

出典:週刊文春

旅館業だけでなく、桂田鉄三氏は知床遠音別神社や斜里町の議員も務めました。そんな桂田鉄三氏は、地元の名士として成り上がったのです。地元の”名士”と呼ばれるような父親が、桂田精一社長は自慢で仕方がなかったのでしょう。父親のようになりたいと、子どもの頃から思っていたに違いありません。

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桂田精一は客に逆ギレする社長”文春砲”

父親のようになりたかった桂田精一社長ですが、「船の設備投資にお金をかけられない」と言ったり、「赤字だ」が口癖。

安全管理のために必要な経費を出し渋る一方、高額な”買い物”に資金を投入してきた精一氏。同社が斜里町の世界自然遺産地域に「ホテル地の涯」をリブランドオープンさせたのは、一八年六月のことだ。気が付けは「しれとこ村グループ」は知床で四館のホテルを運営する一大ホテルチェーンに変貌を遂げていた。

(中略)

グループの経営状況は火の車で、遊覧船事業の収益を旅館業に生じた債務の返済に回す”自転車操業”に陥っていたという。

週刊文春より)

急速に多角化経営を推し進めた結果、桂田精一社長は「赤字だ」が口癖になったのです。安全管理のための必要な経費より、事業を拡大することの方が桂田精一社長にとっては重要だったことがよく分かりますよね。

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よほど桂田精一社長は切羽詰まっていたのでしょう。桂田精一は客に逆ギレしたこともあったのです。2019年夏、「地の涯」に泊まった男性が「風呂の湯が出なかったので、電話したけど誰も出ない。22時を過ぎると従業員がいなくなりました」と話しました。

翌日の正午にも従業員は戻らず、電話が繋がった先で桂田精一社長が対応するも「こっちも経営めちゃくちゃ厳しい中でやってるんだ。好き好んで知床に来てるんだったら、逆にあなたが応援してくれなきゃいけないでしょ!」と、逆ギレしたのです。

客が会社の経営状況など知るはずもありません。客に経営状況など関係もありません。来てくれた客に対して逆ギレするなど、経営者としてあり得ませんよね。そんな当たり前のことも分からない桂田精一社長なので、謝罪会見でも天気予報や船長、客のせいにしたのでしょう。