甲府放火少年実名「遠藤裕喜」顔画像判明!父親に逮捕歴!悲惨な生い立ちから心に闇

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山梨県甲府市蓬沢で起きた放火事件。週刊新潮により逮捕された19歳少年の名前は「遠藤裕喜」と判明し、顔写真も公開されました。週刊文春でも、遠藤裕喜の悲惨な生い立ちが掲載されています。下に続きます…

甲府放火少年実名「遠藤裕喜」顔画像判明!

山梨県甲府市蓬沢で起きた放火事件の犯人、19歳少年の実名と顔写真が週刊新潮により公開されました。名前は「遠藤裕喜」。顔は下記の画像です。こちらではモザイク付きで掲載させていただきます。

出典:週刊新潮

こちらの写真は、中学の卒業アルバム。ニキビ面で眉間に少ししわを寄せた表情をしています。遠藤裕喜は、中学時代にソフトテニス部に入っていましたが、1年生の夏休み前にあった林間学校が終わって以降、学校に行かなくなっています。

しかし、同級生へのメッセージ欄には「楽しかった林間学校!三年間ありがとう」と書き残しています。遠藤裕喜にとって、中学の思い出と言えば1年生の林間学校のみ。他の同級生も、遠藤裕喜の当時の様子を覚えている人はほとんどいないと言います。”三年間ありがとう”は何に対してのありがとうだったのでしょうか。

遠藤裕喜の父親に逮捕歴あり

週刊文春により明らかになった遠藤裕喜の父親の逮捕歴。遠藤裕喜は中央市の田舎町で育ち、当時6歳だった遠藤裕喜の様子について近隣住民は「恥ずかしがり屋で、おとなしくてかわいい子だった」と話しています。

出典:週刊文春

しかし2010年11月、遠藤裕喜の父親が窃盗の容疑で逮捕されました。父親は電線工事関係の仕事をしていましたが、配管工事会社の資材置き場から家庭用給湯器を2台盗んだのです。父親の窃盗事件は新聞にも大きく載ってしまい、それ以来、遠藤裕喜は平日の昼間なのに学校に行かず、家の前でよくポツンと立っているようになったのです。

そして、父親の事件から約3年後の遠藤裕喜が小学5年生になった頃、母親と2人で中央市を去りました。引っ越した理由は、父親が逮捕されたことによる遠藤裕喜に対するイジメからではないかと、近隣住民は話しています。

大好きだった父親が逮捕され、まだ7歳だった遠藤裕喜は悲しくて寂しくて仕方がなかったはずです。その上、父親が犯罪者になったことでイジメられ、辛くて苦しい思いをたくさんしているはず。心に闇を抱えてしまってもおかしくないのです。

遠藤裕喜(19歳少年)悲惨な生い立ちから心に闇

引っ越しをしたため遠藤裕喜は小学校を転校し、新しい学校での遠藤裕喜はiPhoneでよく”パズドラ”のゲームをしている子。そして、母親が窃盗事件を起こした父親と離婚後すぐに別の男性と再婚しており「新しい父親にビリヤードのキューを買ってもらった」と、遠藤裕喜は自慢げに話していたようです。

卒業文集の”好きなアニメ”欄には「デスノート」を挙げていました。デスノートは、名前を書かれた人間は死ぬというノートを使い、犯罪者を殺していくというストーリーです。

犯罪者になった父親に対して恨みを持つようになっていたのでしょうか。父親が逮捕されたことでいじめられ、心に大きな傷を負った遠藤裕喜が父親を恨んでいてもおかしくありません。

遠藤裕喜は定時制高校に進学し、2年ほど前に遠藤裕喜と遊んでいた女性によると、遠藤裕喜は急にお腹を抱えて笑い出して「思い出し笑いです」と言う。そうかと思えばニヤニヤしながら独り言をぶつぶつ言う。さらには、少し目を離すと花壇の砂をイジイジしているような、何を考えているのかさっぱり分からない人だったようです。

私服姿はいつも部屋着みたいなスウェットで、髪型はボサボサ。オシャレに気を遣う様子はありませんでした。しかし学校内での評判は良く、遠藤裕喜は生徒会長に就任しています。

定時制生徒会長の遠藤裕喜さん
#山梨日日新聞
#令和3年10月12日

無遅刻無欠席の皆勤賞で、先生からもすごく信頼されていた遠藤裕喜。しかし、みんなの前でマイクを通して話すときや、校内放送では「みなさん、こんにちは!生徒会長の遠藤裕喜です!」と、演技がかった感じで明るくハキハキしていますが、個別に話すとすごく静かで元気が全然なかったと、同じ定時制高校に通う生徒は話しています。

甲府火事(放火殺人)犯人19歳少年の実名5chで暴露か「普通より裕福な家庭」

「LINEをブロックされてムカついた」と供述している遠藤裕喜。一方的に井上盛司さんの娘(長女)に好意を抱き、突き放されたことで自分の存在価値を否定されたような気になったのでしょうか。父親が逮捕されたことで心に闇を抱えた遠藤裕喜ですが、父親が逮捕されたことは井上盛司さんと妻を殺害し、放火事件を起こす理由にはなりません。追記していきます(続く…)